立川市

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東京都立川市

立川市(たちかわし)は、東京都の多摩地域にある市である。

概要

概要

東京都の島嶼部を除く地域の中央よりやや西側の、多摩川中流左岸武蔵野台地上に位置する。

JR中央本線・南武線・青梅線が乗り入れ、多摩地区最大の乗車人員数の立川駅と、多摩地区を南北に結ぶ多摩都市モノレール線の立川北駅・立川南駅があり、400万人の人口を有する東京三多摩地区の中心都市として、商業施設やオフィスが集積している。多摩地域では町田駅・吉祥寺駅・八王子駅と並び駅前が発展しているが、モノレールとオフィス街を有する立川駅は近未来都市のような様相となっている。2001年の「東京の新しい都市づくりビジョン」で核都市に指定されている。立川駅は、中央線特別快速電車で東京駅から40分、新宿駅からは25分ほどである。東京都特別区部への通勤率は17.6%(平成22年国勢調査)。

江戸時代までは甲州街道および五日市街道沿いの村落に過ぎなかった。明治となって、板谷元右衛門の大規模な土地の寄付による誘致運動によって、1889年に甲武鉄道が新宿-立川間で開業し、これ以降、立川市域南部の立川駅がターミナル駅となった。1922年(大正11年)立川飛行場が設置されたことによって商業・工業の集積が進んだことが、今日の繁栄の礎となっている。一方で農業も盛んでウド(独活)は立川の特産品である。

内閣総理大臣を本部長とする緊急災害対策本部が設置可能な立川広域防災基地を有する防災都市である。多極分散型国土形成促進法(1988年制定)において業務核都市とされ、旧文部省、旧自治省の5つの研究・研修機関の立川への移転が行われたほか、東京地裁立川支部なども八王子から移転しており、多数の国の機関が所在する多摩地区の中核都市となっている。総数109点のパブリック・アートが設置された商業地域ファーレ立川を有する文化・アートの街でもある。

歴史

地名の由来
3通りの説がある。

武蔵国府が現在の府中市にあった時代、その府中宿付近より見て現在の多摩市付近で東西に連なる山を多摩の横山と呼び、その多摩の横山から見て多摩川が縦方向(南北)に流れている近辺(現在の立川、日野近辺)を立の河と呼んでいた。立の河が次第に変化して現在の立川になったと言われている。
地方豪族立川氏(たちかわ・し)が、現在の普済寺に城をつくったことから立川(たちかわ)になったと言われている。
他にも砂川村と立川が合併して立川の立、砂川の川が由来とも言われている。

なお、立川付近の多摩川の河原は立河原(たちかわのはら/たちがわら)と呼称(上記いずれの説に由来するのかは不明)され、後に合戦も行われている。

略史
縄文時代 多摩川沿いの段丘に、大和田遺跡などの村落が形成される。
811年(弘仁2年) 諏訪神社が創建。
平安時代 立川氏が地頭となり、戦国時代末期まで領有する。
1353年(文和2年) 普済寺 (立川市)が開山。
1455年(享徳4年〜康正元年) 分倍河原の戦いにおいて鎌倉公方足利成氏が立河原で追撃戦を行い、敵大将上杉憲秋がこの地で致命傷を負って高幡不動(異説あり)で自害した。
1504年(文亀4年〜永正元年) 立河原の戦いが起こる。関東管領上杉顕定の大軍が上杉朝良・今川氏親・北条早雲の連合軍に敗退する。
1600年代 玉川上水の開通により、砂川で新田開発が進み、五日市街道周辺に村落が形成される。
1889年(明治22年) 町村制施行に伴い、神奈川県北多摩郡立川村および砂川村が成立。甲武鉄道(現在のJR中央線)新宿駅〜立川駅間が開通する。
1893年(明治26年) 神奈川県から東京府に移管される。
1922年(大正11年) 立川村に、陸軍飛行第5連隊の立川飛行場が設置される。
1923年(大正12年) 立川村が町制施行し立川町になる。
1940年(昭和15年) 立川町が市制施行して、立川市になる。(東京市、八王子市に次いで東京で3番目に市制をしいた)
1945年(昭和20年) 2月〜8月、アメリカ軍による合計13回にわたる空襲で340人の犠牲者を出す。9月、敗戦にともないアメリカ軍により立川飛行場は接収、立川基地に。立川は基地の町として全国に知られるようになる。
1950年(昭和25年) この年に朝鮮戦争が勃発する。立川基地が出撃拠点となる。
1954年(昭和29年) 砂川村が町制施行して、砂川町になる。
1955年(昭和30年) 立川基地拡張計画が発表される。「砂川町基地拡張反対同盟」が結成される。
1956年(昭和31年) 砂川闘争が起こる。
1963年(昭和38年) 5月1日、砂川町が立川市に編入される。
1965年(昭和40年) この年にベトナム戦争が勃発する。立川基地は再び出撃拠点となる。第二次砂川闘争が起こる。
1968年(昭和43年) 西武鉄道拝島線の玉川上水駅〜拝島駅間が開通する。
1969年(昭和44年)基地拡張計画が中止。同年12月8日、立川基地における米軍の飛行活動が停止。これより日本側へ基地返還が始まる。
1973年(昭和48年)立川市長による自衛隊員住民登録拒否事件が発生する。市長ら2名が起訴猶予処分となる。
1977年(昭和52年) アメリカ軍が横田基地に移転する。立川基地は日本に全面返還される。陸上自衛隊立川駐屯地、国営昭和記念公園、立川広域防災基地などに転用される。(一部西側地域は現在廃墟)
1982年(昭和57年) 防災行政無線が整備される。
1983年(昭和58年) 3月18日、防災行政無線が開局される。
1987年(昭和62年) 4月1日、防災行政無線のチャイムの音色が変更する。
1994年(平成6年) 立川基地跡地の一部に、ファーレ立川が完成する。
1998年(平成10年) 多摩都市モノレール線 の立川北〜上北台間が開通する。
2000年(平成12年) 多摩都市モノレール線 の立川北駅〜多摩センター駅間が開通する。
2004年(平成16年) 4月1日、防災行政無線放送等変更。
2005年(平成17年) 12月21日、防災行政無線の子供の見守り放送が開始される。
2010年(平成22年) 5月6日、市役所、錦町3丁目2番26号(1958年(昭和33年)に落成した)から泉町1156番地の9に移転する。
2013年(平成25年) 12月27日、防災行政無線のデジタル化寸前により、防災行政無線放送等変更。

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