埼玉県三郷市
概要
三郷市(みさとし)は、埼玉県南東部に位置する人口約13万5千人の市。人口は戸田市に次ぐ県内16位。
歴史
弥生時代後期(2世紀から3世紀)に人の定住が始まる[6]。
古墳時代(5世紀から6世紀)には河川による水運の拠点となる。
古代、市内は全域が下総国葛飾郡となった。
1683年(貞享3年)もしくは寛永年間(1622年-1643年)に武蔵国に編入され、武蔵国葛飾郡となる。
1871年(明治4年) - 廃藩置県により埼玉県葛飾郡となる。
1878年(明治11年) - 郡区町村編制法の施行に伴い、葛飾郡が分離、三郷市内は全域が埼玉県北葛飾郡となる。
1889年(明治22年) - 町村制施行に伴う合併により以下の4村が成立。
彦成村・番匠免村・上口村・彦倉村・彦糸村・彦野村・下彦川戸村・上彦川戸村・上彦名村・彦音村・彦沢村・彦江村・花和田村・谷口村・采女新田村 → 彦成村
丹後村・谷中村・後谷村・小谷堀村・前間村・駒形村・南蓮沼村・笹塚村・岩野木村・幸房村・茂田井村・大広戸村・仁蔵村・半田村・田中新田村 → 早稲田村
戸ケ崎村(戸ケ崎一丁目付近)・境木村・三九村・酒井村・長沼村・寄巻村(鷹野五丁目付近)・前川村・鎌倉村(鷹野五丁目付近)・前谷村 → 戸ケ崎村
長戸呂村(鷹野一丁目付近)・下新田村(高洲一丁目付近)・徳島村(鷹野一丁目付近)・樋野口村(鷹野一丁目付近)・久兵衛村(高洲二丁目付近)・高須村(高州三丁目付近)・小向村(高州四丁目付近)・八町掘村・壱本木村・大膳村・横堀村・市助村 → 八木郷村
1933年(昭和18年) 7月1日 - 戸ケ崎村と八木郷村が合併し、東和村が成立。
1956年(昭和31年)9月30日 - 東和村、彦成村、早稲田村が合併し三郷村が成立。
1964年(昭和39年)10月1日 - 三郷村が町制施行し三郷町となる。
1967年(昭和42年)12月1日 - 三郷町大字前間と吉川町大字三輪野江の境界を変更。
1972年(昭和47年)5月3日 - 三郷町が市制施行し三郷市となる。
1973年(昭和48年)4月1日 - 武蔵野線開業と同時に、市初の鉄道駅である三郷駅開業。
1985年(昭和60年)1月24日 - 首都高速と常磐自動車道の三郷JCT開通。
1985年(昭和60年)3月14日 - 武蔵野線新三郷駅開業。
1992年(平成04年)11月27日 - 東京外環自動車道 外環三郷西IC開通。
2005年(平成17年)7月23日 - 千葉県北西部地震で、三郷市幸房で震度5弱を観測。
2005年(平成17年)8月24日 - つくばエクスプレス三郷中央駅開業。
2005年(平成17年)11月27日 - 東京外環自動車道 三郷JCT~三郷南IC間開通。
2008年(平成20年)10月1日 - 武蔵野操車場跡地開発地区の新しい町の区域及び名称施行(新三郷ららシティ1丁目~3丁目)[7]。
2008年(平成20年)12月19日 - 三郷料金所スマートIC社会化実験開始[8]。
2009年(平成21年)4月1日 - 三郷料金所スマートIC本格運用開始[9]。
2009年(平成21年)9月17日 - ららほっとみさとOPEN[10]。
2011年(平成23年)3月11日 - 東北地方太平洋沖地震発生。市内幸房で震度5強を観測。
2011年(平成23年)3月17日 - 福島県広野町の被災者約230人を災害時における相互応援に関する協定に基づき、瑞沼市民センターの避難所に受入れ[11]。
2011年(平成23年)5月1日 - 全国瞬時警報システムを運用開始[12]。
2011年(平成23年)5月7日 - 皇太子ご夫婦が避難所の瑞沼市民センターをお見舞い[13]。
2012年(平成24年)2月4日 - 高層マンションのザ・ライオンズ三郷中央が竣工。
2013年(平成25年)3月18日 - 「日本一の読書のまち」を宣言する[14]。
高度経済成長期に大規模団地が造成され人口が急速に増加、「村」の成立から僅か16年で市制施行を果たしている。
1956年 17,313人(三郷村)
1964年 21,766人(三郷町)
1967年 30,849人
1972年 49,618人(三郷市)
市名の由来
東和村・彦成村・早稲田村の三つの村が合併した。・・・「三」の字
この地域は昔から二郷半領と呼ばれていた。・・・「郷」の字
以上から、三郷と名づけられた。