対応エリア杉戸町

埼玉県杉戸町の浮気調査について

浮気は大切な方を裏切る卑劣な行為です!
当社は、その裏切り行為を絶対に許しません!

浮気調査・浮気証拠の収集なら当社にお任せください!
最近、納得がいかない言い訳や、嘘が多いと感じていませんか?
相談する人がいない為、一人で悩んでいませんか?
離婚裁判などの証拠資料の収集もお任せください。
早い段階での調査が、あなたを守ります。

調査力+低料金に自信があります!!

浮気調査は、調査力の差がもっとも表れやすい調査だと言われています。何故なら他の調査と違い失敗が絶対に許されないからです。

浮気調査の対象者に調査されている事が判ってしまうと、その後の調査が継続困難になるばかりか、依頼された方の立場が不利になってしまう場合もあります。ですから、まず調査力を重視して探偵選びをされる事が重要になってきます。

しかし、いくら調査力が高くても、調査料金まで高くなってしまうようでは、意味がありません。
「調査力+低料金」こそが何よりも重要な事です。深谷市周辺の浮気調査、不倫調査は是非、お任せください。

浮気を認めさせるには確実な証拠が必要です!!

確実な証拠もなく相手に問い質しても素直に認める人は居ません。
事前に用意したアリバイや、自分に都合の良い言い逃れを並べ「どうして信じられないんだ!!」と逆ギレをされるだけです。確かな証拠を持たない追求は、逆にあなたが不利になるだけです。

浮気調査と聞くと、皆さんは重く受け止めがちですが、探偵社への依頼は年々増え続け、悩める依頼者の強い味方になっています。
別れる場合は「決定打の武器」に。修復の場合は「目を覚まさせる切り札」に。

浮気調査専門のプロだからこそ、つかめる証拠やお伝えできるアドバイスがあります。あなたの中に抱いてしまった不信や疑惑に決着をつけ、今よりも良い方向に進んでいきませんか?
おひとりで悩みや疑念を抱え込まず、ご相談ください。

当社は最新鋭機器を使い、調査の省力化を行い調査料金の限界に挑戦しています

当社は浮気調査専門の探偵事務所です。初めての方や主婦の方が、調査料金が気になり依頼する事に中々、踏み出せないケースが多い事から、深谷市を中心とした浮気調査料金を1時間:1500円に設定しています。

低料金だから調査に問題があるのでは?と思われる方もいると思いますが、当社では低料金実現の為に最新鋭の調査機器を導入して、無駄な張り込み・追跡等を無くし低価格でも確かな浮気の証拠を掴み、多くの方々から満足の声を多数頂いております。

深谷市を中心とする浮気調査、不倫調査のご依頼は是非、「卑劣な裏切り行為」は絶対に許さない当社へお任せください

「調査力+低価格」で依頼者様にお応えする為のトラスト・アイの取り組み

  • 状況を確認して適切な調査計画を立案し、ご提案を行います。
  • 最新鋭調査機器を使い、対象者の行動パターンや行動範囲を特定します。
  • 得られた情報をもとに、張り込み・追跡などを行い、調査の無駄を無くします。
  • 調査員の人数は、可能な限り最少に抑えながら証拠の確保に努めます。

どこよりも低価格で確かな調査結果!!

浮気調査の料金について

浮気調査を依頼される皆さんが調査内容よりも、まず一番に心配されるのが料金の事ではないでしょうか。

当社が最低調査費用を1500円としているのも、少しでもパートナーの浮気に苦しむ方々のお役に立てればとの思いから設定させて頂いております。

浮気調査の料金は、依頼される方が得たい情報・裁判等でも有効な証拠や、調査を行う対象者の行動範囲・対象者の移動手段に伴う車両やバイクの有無、日数・調査時間・最低限必要な人員数、女性調査員の必要有無などを検討した上で算出させて頂きます。

当社では、依頼者様から詳しくお話を伺った上で適切なアドバイスを行い、調査方法を選択させて頂きます。
ご面談の際に、ご予算・ご希望する調査の証拠や今後の事など、トラスト・アイ総合探偵事務所深谷市相談窓口までお気軽にご相談ください。

確かな浮気の証拠を掴み、ご満足頂ける報告書を作成

調査完了後、調査内容をまとめた報告書をお渡しいたします。
対象者の写真、時間、行動、場所や地図、相手の人物の特徴などを詳細に記載しております。

ご依頼者様が希望された調査内容や、ご契約の内容に合わせた浮気調査の記録です。例えば不貞行為を確認する場合、対象者がホテルや相手の自宅等への出入りする瞬間を撮影していきます。

作成する報告書は、紙以外にDVDなどの記録媒体でもお渡しをしております。

ご満足頂ける確実な証拠を掴み、ご報告する事を心がけています。

  • 撮影日時と場所が明確に記載された証拠資料と画像をお渡し致します。
  • 調査開始時の開始場所ならびに調査人員を正確に記載致します。
  • 対象者の行動や、浮気の相手と思われる人物の特徴を明確に記載致します。
  • 電車・バス等の路線名・乗車時間と駅等の正式名称を正確に記載致します。
  • 移動手段に車両等を使用する場合は、移動経路等を明確に記載致します。
  • 浮気の相手と行った店舗及び娯楽施設等の名称・所在地を正確に記載致します。
  • 確実な証拠と呼べる報告書を作成致します。

埼玉県杉戸町について

概要

杉戸町(すぎとまち)は、埼玉県の東部にある人口約4万6千人の町。

歴史

古代から中世までは下総国葛飾郡に属す。かつての日光街道の宿場町。
1616年(元和2年) - 杉戸宿が設置される。明治までの詳細は杉戸宿を参照のこと。
1871年(明治4年)11月14日 (旧暦) - 浦和県・忍県・岩槻県の3県が合併して埼玉県が誕生。
1872年(明治5年) - 杉戸郵便局が開局する。
1874年(明治7年) - 杉戸宿横町の宝性院[2]を間借りして杉戸学校(現在の杉戸町立杉戸小学校)が開校する[3][4]。
1876年(明治9年) - 上木津内村と下木津内村が合併し、木津内村となる。
1877年(明治10年) - 安戸村・上戸村・大島新田が合併し、戸島村となる。安戸村字二本木・二本木裏・二本木前・庄兵衛・浮張・内土腐・大島新田字北天神・弁天・中水尾・南天神・六八・稲荷は現在大字本島となり、それ以外の区域は幸手市大字戸島となっている。
1879年(明治12年) - 杉戸宿横町の宝性院を間借りして北葛飾郡役所と中葛飾郡役所が設置される[5]。
1881年(明治14年) - 北葛飾郡役所と中葛飾郡役所が清地村[6][5]に移転する。
1882年(明治15年) - 杉戸警察署が設置される[7][8][9]。
1888年(明治21年) - 消防組合が開設される。
1889年(明治22年)
4月1日
北葛飾郡杉戸宿・清地村・倉松村が合併し、北葛飾郡杉戸町となる。杉戸宿新町の東福寺[10]境内に杉戸町役場を設置する[11][8][9]。
北葛飾郡遠野村・広戸沼村・佐左ヱ門村・並塚村・才羽村・北蓮沼村・大塚村が合併し、北葛飾郡田宮村となる。
北葛飾郡堤根村・本郷村が合併し、北葛飾郡堤郷村となる。
北葛飾郡下高野村・下野村・大島村・茨島村が合併し、北葛飾郡高野村となる。
北葛飾郡戸島村・吉野村・平須賀村・長間村・中野村・平野村・神扇村・天神島村が合併し、北葛飾郡八代村となる(戸島の一部・吉野・平須賀・長間・中野・平野・神扇・天神島は現在幸手市)。
中葛飾郡木崎村・芦橋村・倉常村・屏風村・深輪村・椿村・細野村が合併し、中葛飾郡桜井村となる(木崎・芦橋・倉常は現在春日部市、細野は現在幸手市)。
中葛飾郡目沼村・木津内村・宮前村・鷲巣村・木野川村・中島村・花島村・槙野地村が合併して中葛飾郡豊岡村となる(中島・花島・槙野地は現在幸手市)。
小学校が尋常高等小学校となる。
1896年(明治29年)3月29日 - 中葛飾郡が北葛飾郡に編入する。
1899年(明治32年) - 杉戸駅が開業する。
1900年(明治33年)10月14日 - 杉戸銀行が設立される。  
1907年(明治40年) - 杉戸町商工会が組織される。
1909年(明治42年) - 隔離病舎が清地に建設される。
1910年(明治43年) - 利根川堤防の破堤による関東大水害が発生し、大水が発生する。
1917年(大正6年) - 北葛飾郡桜井村大字細野を北葛飾郡吉田村に編入する。
1921年(大正10年) - 杉戸町の27軒に電話が引かれる。
1922年(大正11年) - 杉戸農業学校が開校する。
1923年(大正12年) - 関東大震災により杉戸小学校の校舎が被災し、損壊する。
1925年(大正14年) - ラジオ放送が開始される。
1926年(大正15年) - 北葛飾郡役所が廃止される[5]。
1928年(昭和3年) - バス路線が開通する。
1929年(昭和4年) - 東武日光線が開通する。
1940年(昭和15年) - 杉戸高等家政女学校が開校する。
1945年(昭和20年)7月10日 - 正午頃、米軍機から投下された焼夷弾によって清地の杉戸高等家政女学校が罹災し、教員生徒8名が死亡[12]。
1946年(昭和21年) - 農地改革が開始される。
1947年(昭和22年)
カスリーン台風により利根川の堤防が破堤し、水害が発生する。
新制中学(杉戸中学校、田宮中学校、桜岡中学校、高野中学校、堤郷中学校)が開校する。
江戸川の土手が拡幅される。
桜井村村議会に女性議員が誕生する。
1948年(昭和23年) - 杉戸農業学校が杉戸高等家政女学校を併せ、埼玉県立杉戸農業高等学校となる。
1950年(昭和25年) - 江戸川堤防拡幅工事が着工される。
1955年(昭和30年)
2月11日、北葛飾郡杉戸町・田宮村・堤郷村・高野村が合併し、杉戸町となる。
4月1日
北葛飾郡桜井村と豊岡村の一部(目沼・木津内・宮前・鷲巣・木野川)が合併し、北葛飾郡泉村となる。
北葛飾郡八代村・豊岡村の残り(中島・花島・槙野地・西関宿)が北葛飾郡幸手町と合併する。
1956年(昭和31年)
1月1日、北葛飾郡幸手町大字戸島字弁天、北天神、中水尾、南天神、六八、稲荷、浮張、内土腐、二本木、庄兵衛、二本木前及二本木裏の区域を編入し、大字本島を設置する。
2月14日 - 杉戸町議会が最初の杉戸町章を承認する[13]。
9月1日 - 北葛飾郡幸手町大字戸島字戍高入の区域を大字本島に編入する。
1957年(昭和32年)
7月17日 - 北葛飾郡泉村を編入する。
有線放送が開始される。
1958年(昭和33年) 杉戸駅 - 西宝珠花間のバス路線が開通する。
1959年(昭和34年)
水道が整備される。
古川橋が改築される。
1960年(昭和35年)
11月3日、大字木崎、芦橋、倉常が杉戸町から分離し、北葛飾郡庄和村(現・春日部市)に編入される。
田宮中学校と桜岡中学校が統合され、東中学校となる。
国勢調査による杉戸町の人口が1万6457人を数える。
町営住宅が清地に建設される。
1963年(昭和38年)
杉戸町役場の新庁舎が竣工し、杉戸農業高校付近から移転する[11]。
上原会館が寄贈される[9]。
1964年(昭和39年) - 杉戸町内田にペトリカメラ埼玉工場が建設される。
1966年(昭和41年) - 屎尿処理場の利用が開始される。
1967年(昭和42年) - 電話がダイヤル式となる。
1968年(昭和43年)
ごみ処理場が開始される。
「広報すぎと」の改訂第一号が発行される。
1969年(昭和44年) - 桜井小学校と豊岡小学校が統合され、泉小学校となる。
1970年(昭和45年)
杉戸町の人口が2万人を数える。
町総合振興計画が開始される。
都市計画法による線引きがなされる。
1974年(昭和49年) - 学校給食センターを杉戸町大字清地1777に開設する[14]。
1975年(昭和50年)
杉戸町消防本部が設置される。
ペトリカメラ埼玉工場が杉戸町杉戸に移転する。
1976年(昭和51年)

旧・杉戸町章
1976年(昭和51年)1月27日告示[13]
1月27日 - 旧・杉戸町章が若干意匠を変更した上で正式に告示される[13]。
杉戸町消防署が開署される。
杉戸町の人口が3万人を数える。
1977年(昭和52年)
3月 - 杉戸町内田のペトリカメラ埼玉工場跡地に日本住宅公団杉戸内田団地[15]が開設される。
4月1日 - 北小学校および杉戸小学校学区のうち清地・倉松地区を併せ、杉戸第二小学校が開校する。
埼玉県立杉戸高等学校が開校する。
救急業務が開始される。
1979年(昭和54年)
東小学校および南小学校が統合され、杉戸第三小学校が開校する。
東和大付属昌平高等学校が開校する。
4月1日 - 杉戸町の町民憲章・木(杉)・花(菊)が制定される。
1980年(昭和55年)
中央公民館が開館する。
西地区特定土地区画整理事業が認可される。
第1回町民体育祭が開催される。
1981年(昭和56年)
泉公民館が開館する。
杉戸駅が東武動物公園駅へと改称される。
第2次町総合振興計画が開始される。
1982年(昭和57年)
広島中学校が開校する。
消防庁舎が竣工する。
万年橋が開通する。
1983年(昭和58年) - 東公民館および南公民館が開館する。
1984年(昭和59年)3月 - 国道4号春日部古河バイパス開通。
1985年(昭和60年) - 保健センターが開設される。
1986年(昭和61年)
5月1日 - 杉戸西近隣公園が開園する。
8月26日 - 東武日光線杉戸高野台駅開業。
1987年(昭和62年) - 西地区特定区画整理事業が完了する。
1988年(昭和63年)
杉戸消防署泉出張所が開設される。
清地橋が改築される。
1989年(平成元年)
町制施行100年を迎え、記念式典などの催しが行われる。
宮東橋が改築される。
都市計画道路が決定される。
1990年(平成2年)
4月1日 - 倉松公園が開園する。
4月1日 - 2代目となる現行の町章が制定される。
西公民館が開館する。
杉戸町の人口が4万人を数える。
第3次町総合振興計画が開始される。
万願寺橋が改築される。
公共下水道の一部供用が開始される。
国土利用計画がまとまる。
1991年(平成3年) - 第一回敬老まつりが開催される。
1992年(平成4年) - 第一回子ども議会が開催される。
1993年(平成5年)
高齢者事業団が設立される。
「心学の道」が竣工する。
印鑑登録がカード化される。
かまくらサイクリングロードが竣工する。
大膳堀親水路が竣工する。
1994年(平成6年)
すぎとピアが開設される。
高野台小学校が開校する。
第3次町総合振興計画が改定される。
市民農園が開設される。
1995年(平成7年)
大島新田調節池が整備される。
平和都市宣言がなされる。
環境センターの建設が着工される。
1996年(平成8年)
リサイクルセンターが稼働する。
戸籍事務が電子化される。
国際交流協会が設立される。
オーストラリア・バッセルトンシャイヤーと姉妹都市提携を行う。
1997年(平成9年)
杉戸町環境センターが開設される。
エコ・スポいずみが開設される。
都市計画マスタープランを策定する。
1998年(平成10年)
高野台保育園が開園する。
町民サービスコーナーが開始される。
オーストラリア・バッセルトンシャイヤーに日本庭園が整備される。
全町図書館ネットワークサービスが開始される。
田園都市づくり協議会による公共施設の相互利用が開始される。
農業公園整備計画が策定される。
1999年(平成11年)
子ども憲章「すぎの子憲章」が制定される。
都市計画道路東武動物公園駅東口通り線(第一期)が完成する。
倉松公園橋が開通する。
東部中央都市連絡協議会による公共施設の相互利用が開始される。
幸手市との広域屎尿処理が調印される。
日光街道杉戸宿みなみがわ散策道(南側用水路)にポケットパークが開園する。
2000年(平成12年)
深輪工業団地が開設される。
埼玉ふるさと自慢100選に「古利根川流灯まつり」が選択される。
杉戸町非行防止教育サミットが開催される。
エコ・スポいずみの来場者が40万人を超える。
オーストラリア姉妹都市賞、姉妹都市ユース賞を受賞する。
第4次町総合振興計画および第2次杉戸町国土利用計画が策定される。
2001年(平成13年)
4月 - 学校給食センターを旧・桜井小学校跡地の杉戸町椿349に移転[16]。
4月28日 - 埼葛広域農道にまちの駅「アグリパークゆめすぎと」が開駅。
第4次町総合振興計画が開始される。
模擬女性会議が開催される。
埼玉県植樹祭が開催される。
オーストラリア姉妹都市国際会議に参加する。
上原会館を解体する。跡地付近に上原会館記念碑が設置される[9]。
2002年(平成14年)8月13日
「アグリパークゆめすぎと」が道の駅に登録される。
可燃ごみ処理の事務委託が幸手市と調印される。
幼児園構想基本計画が策定される。
生涯学習センター整備事業にPFI手法が導入される。
起業支援のためのソプレ・SUGITOが開設される。
エコ・スポいずみの来場者が70万人を超える。
2003年(平成15年)
杉戸深輪産業団地地区センターが開設される。
杉戸町環境基本計画が策定される。
姉妹都市バッセルトンシャイヤーとの交流コンサートが開催される。
杉戸町ミニ国体(グラウンドゴルフおよび少年少女ソフトテニス)が開催される。
2012年(平成24年)
7月 - 埼玉利根保健医療圏医療連携推進協議会による「とねっと」の本格運用が開始される。
2013年(平成25年)
4月1日 - 消防が広域化し、埼玉東部消防組合となる。
2016年4月1日 - 旧・給食センターと杉戸町老人憩いの家の跡地に杉戸町立中央第二幼稚園・東幼稚園・南幼稚園を統合した複合施設「杉戸町立すぎと幼稚園・すぎと保育園」(杉戸町大字清地1768-3)が開園する[17]。
大字(町)の個数
杉戸町
杉戸 高野 堤郷 田宮 桜井 豊岡
昭和30年代後半 4大字 4大字 2大字 7大字 3大字 5大字
平成19年 4大字22町 4大字13町 2大字 7大字 3大字 5大字
市町村合併
当町では、春日部市と周辺の町との市町村合併が予定されていた。現在、住民投票(後述)の結果を受けて、合併協議は凍結となっている。

当初隣接する春日部市と宮代町、庄和町(当時)を加えた1市3町と共に、県東部の中核市を目指すために2005年3月31日より新設合併、新たな「春日部市」となる予定であった。2003年4月1日に法定合併協議会を杉戸町役場内に設置、協議は順調に進んでいき、あとは住民の意思を問うため、1市3町で一斉に住民投票を執行、結果を待つだけとなった。ところが、2004年7月11日に執行されたその結果、春日部市と当町、庄和町(当時)は「賛成」が上回ったが、宮代町は「反対」が上回った。結果を尊重とするとしたため、宮代町はこの結果を受けて「単独でやる」と表明した。そのため2004年9月30日をもって法定合併協議会を廃止、1市3町での合併は白紙となった。その後、春日部市や庄和町(当時)から宮代町を除いた1市2町の合併を要望されていたが、議員の賛同が得られないことを理由に拒否された。また宮代町から2町の合併を目的に合併協議会の設置を求められたが、2町で行われた合併協議案設置議案の採決で、杉戸町議会では賛成多数で可決となったが、宮代町議会では反対多数で否決となり、実現することはなかった。結果的に当町は現時点において、これ以上の合併協議が進めることが出来ないため、宮代町とともに単独で行うこととなった。一方で春日部市と庄和町(当時)は、2005年10月1日に新設合併し、新たな「春日部市」となった。
合併協議が暫く行われていなかったなかで2007年に執行された杉戸町長選挙では、春日部市との合併を推進する候補が、現職(当時)を破って当選した。しかし、就任4ヶ月後である2007年8月26日に執行された春日部市と合併することについて町民の意思を問う住民投票で、2004年の住民投票の結果と反して「反対」を上回った。結局合併協議は休止されることとなった。
宮代町は2008年9月29日に町民が春日部市・杉戸町の枠組みでの合併の請願を賛成多数で可決し、三度合併に向けて再び動き始めた。春日部市と当町、宮代町の1市2町で研究会を設置し、2010年3月31日までに編入合併、「春日部市」となる予定であった。しかし、2009年5月17日に当町で行われた杉戸町が春日部市及び宮代町と合併することの是非に関する住民投票 で、前回に次いで「反対」を上回った。この結果を受けて、当町は研究会を離脱することになった。その後研究会は廃止され、1市2町での合併は再び白紙となった。当町では、当面は引き続き単独で行うこととなり、春日部市、宮代町と広域的な連携を進めていく予定である。なお町長(当時)は、この結果の責任をもって退職することを発表した。人口が5万人を超えた場合は単独で市制施行し、杉戸市になることも検討している。

浮気調査のトータルサポート

調査項目

Contents

対応エリア


cookieについて

探偵業登録 埼玉県公安委員会 第43150035号
運営管理:トラスト・アイ総合探偵事務所深谷市相談窓口

Copyright © 2018 女性専門の探偵事務所トラスト・アイ総合探偵事務所 All rights reserved.